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4、占いのメカニズム
(&占いの当たる当たらないについて。)







占いについて、いろいろな言葉でお話していますが、
占いが「情報」そして知りたい目的ごとに、そのための専門占術があり、
別々の情報を見ているために、占いには種類がある…と、
ここまで聞いていただけたところで、
もう少し違う角度からのお話しも含めて、ちょっとおさらいです♪

で、これは例によって「ハートランドなら…」での考え方、
理解の仕方です。
うちの場合はこう考える、私の場合はこう考えたら
一番納得度が高い♪を、お話しているに過ぎません。

ですからここを読んでいただいた方が同じように感じられたり、
多少なりとも占いについて理解できたり、
占いと言う物を考える上での、参考になれば
こんなうれしい事はありませんが、
そうで無い方や異論のある方を、否定するものではありません。

参考になる方だけ、参考になる部分を取り入れられたり、
頭の片隅に置かれて見てくだされば充分です。
くどいと思われるかもしれませんが、私的にはこの前提は、
いくら言っても言い過ぎとは思いませんので。




さて、人間が生きていく上では、大きく分けて
自分でコントロール出来る部分と、
自分ではコントロールできない部分があります。

自分で意識的にコントロール出来る部分は良いでしょうが、
コントロール出来ない部分、不可抗力などはどうなっているのか?
どうなってしまうのか?少しでもわかりたいものです。

彼の気持ちや、仕事の行く末、
どの方向にいつ行ったら、どうなりやすいのか?
どんな家だとどうなりやすく、いつごろどうなりやすいのか?

いや、自分でコントロール出来ない事ならもちろん、
自分でコントロール出来る事もまた、
どうコントロールするかの決断をするには、
そのための情報が必要になってきます。

人間が生きていく上で、物事を判断する上では
多くの情報が大切になってきます。

この時の情報もまた、例えば科学の視点から分ければ
大きく二つあると思います。


X・科学的な情報
(科学的な裏づけのある情報。)

Y・科学外の情報
(科学的な裏づけの必ずしも無い、充分は無い情報。
いわゆる非科学的な情報。)





科学的な情報のみで判断しようと思考している時に、
科学的な情報だけで判断材料が全てそろえば、
この場合は問題無いですよね。

しかし人生は何かの判断をしようと思っている時に、
そんなに都合よく、充分に科学の裏づけの取れた
情報ばかりがそろっているわけでもありません。

科学的な根拠があればそれに越した事は無いが、
そうで無いからと、充分な判断材料がそろうまで
待ってなどいられない……。

また、事実上科学的な根拠を見出しようも無い場合や、
必ずしも科学や統計、理論の判断に重きを置かない
人、時、場合もあります。

キチンとした科学的根拠をそろえて判断できる場合と言うのも、
意外に少ないかもしれません。
あるいはその人にとっては根拠はあるのだが、
常識的な科学や統計などでは、説明が出来ない場合もあるでしょう。

この場合なども、他の人から見たら
「科学や統計、論理以外の判断を重視した。」
みたいな事になるでしょうし、
じゃあそれは何なのか?となった時に、
今の科学で説明が出来ないなら、科学外の根拠による判断。
と言う事になります。





完全に科学的な予測だけでも、広義で「占う」と言う
言い方をする場合はあります。
反対に狭義では「吉凶を見る場合」「道具を使って行う場合」
のみを対象に、俗に占うと言う言葉を使う場合もあります。

が、占い、占うとは、この
「科学での判断が必ずしも出来ない時、
適切では無い事象に対して」

判断するための手がかり、参考にするための情報、予測手段。
一つはこんな風に考えると、わかりやすいかと思います。

(知識からエンタティメントまで、
占いは際限なく広い範疇にわたりますが、
より一般的な「占い、占う」の場合では…です。)




科学的根拠。統計的根拠。などと並んで、
それ以外の場合の判断の一助を受け持っているのが
占い(のジャンル)と言えると思います。

例えば人の心理やさまざまな運・不運、それらの周期や相性など、
こう言った数値化しにくい物、繰り返し行った時や
別の人が行った時に、違う結果が出る物と言うのは、
自然科学や統計は比較的苦手としています。

だからと言って何の判断材料も持たないまま、ただデタラメに
今日は右、明日は左では困るので、
「それでは充分な科学的裏づけとまではいか無くいまでも、
これはどう言う事でどう考えたらいいのか?
少しでも手がかりは無いだろうか?」


と思った時…こんな風に考えていくうちに、
個人を対象とした占いは、徐々に各占術の形に、
なっていったのでは無いかと思います。





人(や物事)の未来は、上記のように
「(主に)自分で(わかって)コントロール出来る部分」

「(主に)自分では(わからなくて)コントロールできない部分」
の組合せで決定します。

基本的にこの後者
「(主に)自分では(わからなくて)コントロールできない部分」
「主に科学ではわからない部分」

ここを受け持つのが占いでしょう。




が、この
「(主に)自分では(わからなくて)コントロールできない部分」
つまり人の心理やさまざまな運・不運、それらの周期や相性など…
と言うのは非常に多種多様です。

目的も色々なら、その目的を知るために必要になる、
影響を与える要素も多種多様です。

こうして多くの場合、知りたい対象、答えに影響する要素と言うのが
複数、各種、多岐多様にわたっているのですから、
とても一つの占い(占術で)と言うのは無理なお話で、
そのために同じ
「何かを知るための占い」も、
何を知るのかの対象、目的によって
各種、多岐多様にわかれます。


占いにたくさんの種類があるのはこのためです。

生年月日からその人の事を知ろうとする占いと、
彼とあなたの関係、心理状態が
今どのようになっているのかを知ろうとする占いや、
どのような配置の家やお部屋に住んだら、
どのような影響がありそうなのか、
どのような名前や、また顔、手をした方なら、
どのような事が類推出来るのか。
これらは普通、それぞれ別の占い(占術)を使います。


そしてそれらを掛け合わせていって、
最終的に見たい対象(占的)が見えてくる…と考えます。




生きていく上で人に影響を与える要素はさまざまありますが、
占術と言う単位で、まずは一つ一つ分けて考えるわけですね。

この占術が担当している範囲(例えば姓名判断なら名前)では、
このような影響を与えているのではないか、と考えられる…です。

そして知りたい未来が、ほとんどその担当占術、
一本のみで判断していいようなケースなら、比較的簡単ですが、
総合的な未来になるほど、影響を与えているであろう
全ての要素を考慮した上で判断しないと、難しくなってきます。

各占術によって、その範囲でわかるべき要素、可能性、
内包物や傾向のような物がわかります。

主にその占術一つのみでわかる事で、
知りたい事象や、影響力のほとんどが左右されている…
と思えるような時なら、その占術一つで。

さらに他の要素も影響を与えている…と思えるような場合なら、
他の占術も加えて見て行くでしょう。

そして最終的に、占ってわかった事を手がかりに、
未来や、わからない事について、占い師さんが予測をしていきます。

一般論では、また占い師さんにとっても、その未来を当てる、
示唆するところまでを含めて占いと言うのでしょうが、
ハートランドでは、今はむしろ
「占って知りえた現在形の情報」
の方を占い(占い結果)と言い、
未来予測の部分は占いと言うよりも、その占いを基にしてたてた
「占い師さんの予測」
と考えた方が、かえって誤解が少ないと思います。
(一般論では、両方あわせて占い、占うです。)






未来(現在)の決定
X(ご本人の意思と行動、その判断の元になる科学的情報)
×
Y(運、不運、科学的には割り切れない部分、影響)

この右辺のXを受け持つのが科学、論理、客観情報などであり、
Yを受け持つのが占いでしょう。

そして知りたい事象に応じての、Yを把握するための占いは、
さらに細分化された、当該各占術の
総合的な判断によってわかるのが普通です。


よく最終的な未来の一点で、どうなるかこうなるか?までを含めて
「占い、占う」
と言う言い方をしますが、この場合だと、ご本人の自由意志、
行動と言うXの変数部分を含むんですから、
「当たらない場合が出てくる」
のは当たり前なんですね。
Xを含んで百発百中で当たるなら、
Yだけで未来が決定する事になります。


つまり私が右へ行こうが、左を選ぼうが、
「未来=結果はまったく変わらない。」
事になります。

“事実上”そうなる場合もあるでしょうが、
普通は私の行動で未来は変わるもので、
占いとはそっちの方を担当しています。


「私が右へ行こうが、左を選ぼうが、まったく変らない未来。」
を見る時に使う手段を、占いと言う場合もありますが、
こっちは普通予言、預言、
もしくは透視などと言った方が適切でしょう。

どっちの意味でも同じ占いと言う言葉を使っていたら、
より錯誤や混乱を起こしかねません。
(絶対に変えられない未来をズバリ見る手段、
予言、透視などと言う物が本当にあるのか?
と言う事は置いておいて、
あくまでも言葉の意味ってお話で言うとですね。)





だから俗に
「占いが当たるか当たらないか?」
と言うお話になった時に
「では何をもってして、当たった外れたの判断にするのか?」

これは
「幅を持った未来」
を当てられているか、もしくは
「現在の状況、可能性、要素」
などを当てられているか?
これを判断基準にした方がいいと思います。
ハートランド的なオススメです♪

前者なら、未来の幅を、なるべく狭く当てられる占い師さんが、
いわゆる腕のいい占い師さんでしょう。

ただし上記のように、未来はご本人の行動で変るわけですから、
その分の幅と言うのは、当然あります。

未来の幅をどれほど狭めて予見できる占い師さんでも、
毎回点にはならないものです。

繰り返しますが、毎回点ならそれは占いではなく、
予言と言うほうが適切です。
これは一般的にも、普通予言でしょう。




さらに未来が点になった場合は、
事前に知ってもほとんど役には立ちません。

自分がどんな行動を取ろうが、結果が変らないわけですから、
(本当に当たったとしても)せいぜい
「心構えが出来る。覚悟が出来る。」
と言う程度の活用価値しかありません。

しかし、より本来の占いの醍醐味とは
「点の未来を教えてもらって覚悟する事」
ではなく、
「幅のある未来を教えてもらって、自分の行動に活かす事」
でしょう。

また後者の場合なら、
「現在の可能性を当てる事」
をもってして当てる、と言う事になります。

天気予報で例えれば
「降水確率70%」なら、80でも60でもなく、
正しく70%と言う数字をはじき出して、
クライアントさんに伝える事だと思います。

結果的に雨が降ったから当たり、晴れたら外れではありません。
70%の時に70%とはじき出せれば、それで当たりです。





ですからよく言われる
「占いは利用はしても、頼らない、依存しない。」
とか
「占いは信じても、信じすぎない。」
とか言うのは、どうちがうの?と言われた場合…

他の方がどう理解されているのかはわかりませんが、
ハートランド的にお答えするなら、実に簡単で、
一番わかりやすい見分け方は、まずこの
「幅があるか?ないか?」
です。

点の未来で考える限り、
「信じるか信じないか?」
の二択の世界で、行動に活かしようが無い、
自分側は何もやれない(やってもかわらない)わけですから、
この姿勢なら「頼る、依存、信じすぎ。」でしょう。

未来=占い×私
ではなく 
未来=占い
だけで終わっちゃってます。
私がないですよー?

幅のある情報、予測、未来を伝えてもらって、
始めてその幅の範囲内で、
どこに行くのが自分にとって一番プラスかの、
検討が出来るのですから、これなら活用でしょう。
私が行動するための手助けになれています。





このように結果的には俗に言う占いで
(ハートランド的には占いそのものではなく、
占い師さんの予測部分なんですが)
「当たる当たらない」
が起こるのは、実は
「当たる当たらない」
と言っている部分は、占い結果そのものではなく
より占い師さんの予測部分だからだと思います。


いくつもの複合的な要素が影響しているうちの
どれかを見誤ったか、もしくはご本人の行動の方が、
占い師さんの触れ幅の予想以上に大きかったか。

もちろんクライアントさんにとって、良い意味で触れ幅を超えて
予想以上の素晴らしい結果を、引き出して上げられる、
伝え方が出来るなら、
私的にはその占い師さんは、一流だと思います。

マイナスの暗示や誘導をかけて、
悪い意味でクライアントさんの行動を抑えて、
下方修正で触れ幅を減らして、当てる事だって
出来るかもしれません。

でも悪い結果を言われて、脅かされて行動出来なくなり、
結果的に当たり外れだけで言えば、当たりになったとしても、
そんなもん全然役に立たないでしょ?

占いは幸せになるために、使うものなんですから♪


 


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