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 算命学 ページ内リンク
●算命について
●算命の占い方
●算命の印象
●ちょっと寄り道1(四柱推命との比較)
●ちょっと寄り道2(天中殺について)
●算命について

命を計算する学問と書いて算命学(さんめいがく)と読みます。
四柱推命のところでは「西洋の命術の代表が西洋占星術なら、今の日本で東洋の命術の代表と言えばまず四柱推命。」とご紹介しました。
個人的な印象によるところもあると思いますが、では今の日本で親しまれている、四柱推命の次くらいの知名度や総合性をもった、東洋系の命術は?と言えば、まずは算命、紫微、宿曜あたりでは無いでしょうか。
(いろいろな意味で別格扱いであろう、六星を文字通り例外とするなら…ですね。)

この中でも算命は四柱推命と非常に良く似たロジックを持っています。


算命の原点と言うのは四柱推命同様、遡るほどにはっきりとはしないです。
が、中国の鬼谷子(きこくし)によって、二千年以上前に作られた鬼谷算命が源流とは言われています。
一応。
ただその二千年前に、確かな原典のような物があって始まったのか?
鬼谷子と言うのは確かにいた、一人の人物なのか?
算命“学”と言う形であったのか?などとなると異論もあり、確たる事はわかりません。
一方で、算命と言うのは、中国では占いそのものの呼称でもありますし、淵海子平のような物までを原点と考えればもっと遡ります。
ここでは一応の目安と言うか節目と言う意味では、二千数百年前の鬼谷算命が事実上の原点と考えて良いと思います。
また、現在の主流となっている算命学の多くは高尾義政氏(と、高尾学館)によるところが大きいと思います。


●算命の占い方

算命学では四柱推命と同じく六十干支を使い、十干十二支を独特の星に置き換えて人体星図を作り、十大主星、十二大従星、陰占、陽占、十六の技法(十六元法)などを用いて、推命を行っていきます。

十の干
甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸。
(木火土金水の五行を陰陽に分けた十干です。算命では十干は空間と考えます。)

十二の支
子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥。
(一年間の十二支です。算命では十二支は時間と考えます。)

これら十干十二支に、十大主星、十二大従星などを使って人体星図を完成させ、そこからその人の性格や運気、他の人がいる場合は相性などを見てゆきます。

十大主星
貫索星、石門星、鳳閣星、調舒星、禄存星、司禄星、車騎星、牽牛星、龍高星、玉堂星。

十二大従星
天報星、天印星、天貴星、天恍星、天南星、天禄星、天将星、天堂星、天胡星、天極星、天庫星、天馳星。

以上はいわゆる「基本形」とでも言うようなご紹介と思いますが、すでにこの辺からして、各算命(流派)によって変ってきます。例えば西川満氏の天上聖母算命学では十大主星、十二大従星の名称からしてまったく違いますし、万象算命などでも各用語などは違います。



●算命の印象

これは私自身が感じた算命学の印象です。本当にごく簡単にですが…。

まず算命学は時間と空間と言う概念を、非常にしっかりと持っています。
(天中殺と言う考え方も、そもそもはここから来ています。)
陰と陽、そして二つの方向の対象と、そのバランスのような物を意識して、とって行こうとします。
ちょうど四柱推命ではぐるりんと循環する、五行のバランスを考えるように、算命ではまず東と西、北と南、中央と天上と言う二次元の組み合わせで出来る、立体的なバランス感覚とでも言うような物を持っていて、それを考えます。
そして算命はさまざまな物が、さまざまな物の雛形であったり、大きな自然の流れの中での一つとして捉えよう、と言うような考え方を感じます。(例えば人体星図と言う発想は、一人の人間もまた宇宙の体現と言うような考え方でしょう。)これは算命の背景、土台には基本的に道教があり、システムとしての占術以上に、その活かし方や考え方に、大きな部分、影響を持っているからだと思います。
本当に…算命の方とお話をする機会があると、当たる当たらないとか言う次元では無いんです。「占ってこう出たからこうだよ♪」なんて物じゃなく、「これはこのように考えて、このように生きるべき…」むしろ占いの部品の、向こうのお話の方にこそ、熱が入りかねないです。
理性的な巨大な自然の理論と、それを人の生き方と言う現実に落として当てはめた時の、深い人間学、人生観とでも言うような考え方をしっかり持った占い。
私的には算命にはそんな印象を持っています。



●ちょっと寄り道1♪ (四柱推命との比較について)

とりあえず算命学について、ちょっと聞いた事があるぞって言う方は、まずこの二つのイメージが強い気がするんですが…

1、四柱推命を簡単にしたもの。
四柱推命は年月日時の4つで占うが、算命学は年月日のみの3つで占う。
つまり詳しさや精度で言えば占いとしては
四柱推命>算命学 であり、より簡単であると言うような点などを除けば、四柱推命に劣るところはあっても、勝るところは無い占い。

2、算命学といえば天中殺(天冲殺)。
主に天中殺と言う怖い時期についての占い。天中殺は何をやってもうまく行かない。そんな怖い時期を教えてくれる占いであり、算命学で天中殺と出たら、その時期はひたすら我慢して、とにかく何もやってはいけない。

こんなもんじゃありません。はっきり言って…。(^^;;


まず1についてですが、 算命の方に言わせれば、四柱推命の簡略版などとはとんでもないお話で、元々算命は算命として形作られ、完成している占いです。
時間を見るから時間を見ない占いよりも、一方的に優れていて、劣るところは無いと言うのはそもそも解釈の違いであって、その占術の目的として「最初からその方向でのアプローチを必要としていない。」「そのアプローチを用いて知ろうとしている部分は、別の方向からのアプローチが確立されていたりして、一つの占いとして完成している。」などならば別にいいわけです。

この「生年月日時場所を、正確に細かく入力する占いほど、それに比例してすごい。」と言う単純な理屈だけで考えてしまったら、例えば同じ理屈で「四柱推命は宿曜よりもすごい。」なんて事にもなりかねませんし、極端なお話、では「分までをも柱にした五柱推命」とか「さらに秒までを柱にした六柱推命」なんて作ったら、四柱推命よりも、さらにもっともっとすごくなると思うでしょうか?たぶん四柱推命に親しまれた大半の方にとっては、「四柱以上の部品は不要であり、むしろ蛇足。四柱だからこそ四柱推命。」では無いかと思います。

算命では部品をフルに使ってさまざまな方向、組み合わせで占いますが、算命で使っている16元法のうち、四柱推命では二つしか使っていないそうです。
もちろん四柱推命は年月日時で、算命は年月日だから四柱推命の方がすごいとか、算命は16も技法を使うけれども、四柱推命は2つだから算命のほうがすごいとか、そう言う単純な比較でどちらが優れている…などと言うものでは無いと思います。
これについては四柱推命や算命学それぞれにまた、多くの流派のような物もありますし、それぞれがまた、まったく違う考え方や、占い結果の解釈になるような場合もあります。
計算の根本システムのような部分では共通の暦、単位のような物を使っていても、また、五行や干支についての共通する考えはあっても、基本的には別の考え方に基づいた占いと、理解した方が良いと思います。

それでも根っこの部品や原点では共通点のある、別の占いなのですから、変に優劣を競うのではなく…、少なくともお互いが相手の劣をあげつらうのではなく、それぞれの占術の視点同士を尊重して、仲良く出来たらなと思います^^


●ちょっと寄り道2♪ (天中殺について)

次に2、「算命学といえば天中殺。主に天中殺と言う怖い時期についての占い。」についてですが、確かに天中殺と言うのは、算命学の中にある概念です。
そして算命学の中でも天中殺は、とても大切な部分になりますから、

1、算命学の中には天中殺と言う物、考え方がある。
2、天中殺は算命学の中でも大きく大事な部分。
まあここまではどなたの見解でも、ほぼ同じとは思います。

ただ物事は何でもそうですが、「極端から極端に…」また「言葉の印象だけで、自分のイメージで」これは、決めてしまわないで下さい。
逆に言えばそれ以上でも、それ以下でも無いんです。

これはもう、当時を知っている方ならどなたでもご存知でしょうから、算命=天中殺って言うのは、ぶっちゃけて言っちゃえば、和泉宗章さんと言う方の出された、天中殺入門によるブームの影響が絶大だったからだと思います。当時は算命学と言う言葉を知らなくても、天中殺と言う言葉はみんな知っていたくらいでしょう。算命といえば天中殺どころか、天中殺と言う言葉だけが、独り歩きしてしまったくらいの感じでした。逆に言えばこの時の天中殺のイメージは、ほとんど一個人によってのみの見解で、そのまま天中殺〜算命学のイメージとして、定着し、通っちゃっていたわけだと思います。

確かに天中殺は算命学においては大きな部分でしょうが、当然それが全てではありません。また「天中殺=悪い」と言う単純解釈も、必ずしも共通でも無いんです。「大切な時期、注意を要する時期、むやみに事を起こすのには向いていない時期」などと言うのはおおむねあるでしょうが、このニュアンスや伝え方は人によりけりで相当変ります。

むしろ天中殺について深くしっかり研究されている占術だからこそ、その解釈は深遠です。算命はほとんどどの流派で、巨大な天中殺大系とでも言える物を持っており、どんな種類の何の中殺なら、どのくらいの強さでどういう意味…、と、非常に多岐にわたります。当然、「こう言う意味においては良くないが、こう言う事については良い。またそのための心構えや、対応策は…」といった部分こそが、算命=天中殺であり、算命家の方とお話されたら、こう言う部分こそをお話してくださるでしょう。
決して、算命学=天中殺を見る占い。天中殺=何もしちゃいけない怖い時期。
こんな単純なものでは無いでしょう。

この点はむしろ四柱推命をされていらっしゃる方のほうが、空亡についての認識は人それぞれ実にバラバラで、むしろ考え方や解釈はそれぞれでも、算命の名をいただく占者の方なら、それだけ天中殺についてははっきりしっかりした考えや結論のような物をお持ちのはずです。怖がらせて終わりなどと言う浅薄な物では無いです。


「算命学は四柱推命の簡略版で、四柱推命よりも劣る。」
「算命学は天中殺。天中殺はとにかく怖い。何もやっちゃいけない。」
たぶん算命にあまりなじみの無い方ほど、この誤解をしていると思います。もっとも、そう言う印象が強くなってしまう部分はあると思うんですよね。

占いは何でもそうかもしれないですし、東洋占術は特にその傾向あるかもしれないですが、中でも算命は気学と並んで入り口や市販の本などでは比較的簡単、単純に解説されている割に、そこから先の間口が一気に狭くて高い感じがするんです。
これは何らかの形で自分から進んで学ばない限りは、見えてこないような部分でしょうから、仕方ないといえば仕方ないんですが、少なくとも量販店の算命学の本をちょっと一冊買って読んでみて、「これが算命学と言う物(の、全て)か〜。」などと思ったら、とてもとてもそこまで底の浅い物では無いと思います。


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