☆ 1-13 ☆
占い師さんに
「あなたは幸せになれない」
と言われました。
また、
「私の言うとおりにしないと幸せになれない」
とも言われました。

本当なのでしょうか?
占いで一度幸せになれないといわれたら、
やっぱりもう私は
幸せになれないのでしょうか?


A、ハートランドなら…

嘘です
と考えます。


これは言い切りましょう。
それは超ど級・嘘です。

もちろんこの一言で反対に、
あなたが幸せになれる事を保障するとか、責任を持つとか
幸せになれないといった占い師さんが、間違っているとか
そう言う意味ではありませんよ?


何よりこれは言葉の定義のような物や、
具体的なやり取りにもよりますが、
少なくとも考え方的には100%嘘でしょう。

どうぞご安心下さい〜。




で、今回はここであっさり、終わってもいいんですが、
これだけだと誤解も呼びそうなので、ちょっと補足…

多くの場合、占いに対する最大最悪の誤解の一つがこの
「○○でないと幸せになれない」
(もしくは、○○すれば幸せになれます)

の類でしょうが、
ポイントは実に簡単な事です。

「幸せって何?」

さあ、なんでしょう?
愛がある事?生きがいがある事?お金がある事?
自由がある事?健康である事?全部ある事?不幸せが無い事?

いろんな考えがあるでしょうし、幸せについて
色々難しい定義を持っている方も、いらっしゃるでしょう。
一方ほとんど意識されない方も多いでしょう。

あなたと私では違うでしょうし、
人によっても違うでしょう。

はい。そうなんです。

幸せと言うのは「主観」
なんだと思います。


幸せ不幸せは、幸運・不運とは違います。

客観的に幸運だが、ご本人は自分は不幸せだと言っている。
客観的には不運に見えるが、ご本人は充分幸せだと感じている。
こう言う事はいくらでもあるでしょう。

主観だからこそ、あなたの幸せはあなたにしかわかりませんし、
あなたにしか決められません。

これを他人が決めるとなったら、
天下分け目の一大事です。

「あなたの幸せを、あなた以外の何か、誰かが決める」

それを持ってこられて、
「さあこれが幸せでしょう?幸せと思いなさいね?」
と、言われて思えるでしょうか?


幸せになれない宣言が出来ると言うのなら、
反対に幸せになれる宣言も出来るのでしょうか?

もしあなたが、占い師さんの側の立場、だったとしたら、
その誰かがこうすれば、幸せになれる…と
断言をする事って出来るでしょうか?

逆は必ずしも真ならずだよ…と言うのなら、その方は
「幸せになれるかどうかはわからないが
少なくとも幸せに、なれない事だけはわかって
責任持って、宣言できる占い師さん」

でしょうか?
なんかちょっと私なら、なおさらイヤ〜ンな感じに思えますけど…


あるいは幸せになれない事が、占いでわかるのなら、
幸せが何かが、その占いではわかっている事になります。
その占い師さんに

「ではその、なれた時の方の幸せとは
何で、どのような状態でしょうか?」

と、聞いてみてください。(くれぐれも別にケンカ腰や、
挑戦的な口調って意味でじゃなくてですよ?)

もしもこれが仮に、楽で便利でお金があって…とかでも、
あなたが求めている幸せの状態とは、必ずしも同じでないなら
それは
「その占い師さんの考える幸せ」
ではあるけれども、
あなたにとっての、幸せとは違うでしょう。


だから占い師さんがあえて
「幸せになれませんよ!」的な釘を刺す時と言うのは、
完全に勘違いしているような、占い師さんでも無い限り、
まずは以下のようなケースでしょう。


●あえてお尻を叩いて決断を促したい!

→あれをすすめても出来ません、これをお話ししても自信が無い、
あーっもうっ!これじゃあ、結局何にも変わらない
ちっとも幸せに、なれないじゃないのよ?
なんて思った時などで、これなら理屈云々よりも、
まずはクライアントさんに、動いてもらう事が最優先!
と判断して、あえて叱咤激励の意味で使っている。

●クライアントさんとは違う視点からの要素を重視して、
そちらの警告を促したい。

→クライアントさんは主に一つの方向から、物を見て判断しているが、
占い師さんが第三者、大局的な別の視野から見ると、
違う答えになるので、その意味での釘を刺している。

例えば、とにかく彼といっしょになりたい、
ところが彼は既婚者で…などと言う場合。

クライアントさんは、
彼と奥さんが別れれば、彼と一緒に…と考えていたとしても、
占い師さんは、仮に奥さんが別れたとしても、
結局は彼がまた他の人を作りそうだ…とか、
場合によっては、今度はその奥さんが
クライアントさんに対して、何か行動を起こしそうとか、
…などが見えていて、それを指摘したい。など

人間悩んでいる時は、誰だってその悩みのために、視野が狭まってきます。
悩みが大きければ大きいほど、視野は狭まって当たり前ですから、
違う視点からの客観視は、占いに限らず大切と思います。
でも中々自分ではそれが、自覚できないものなんですよね…
だからこそ悩んでしまうわけですから…



他にもいくつか考えられるでしょうが、
なんとな〜くは、わかっていただけたでしょうか?

誤解が生まれる時と言うのは、大抵の場合、言葉が足りないときでしょう。
何が幸せか?自体が食い違えば、当然意見の相違は起きます。

今その方が固執している幸せも、もしかしたら何かに執着しているだけで
本当に自分の自由意志で選べている、幸せではないのかもしれない…

でもその一方で、一般論での幸せが、その方にとっての幸せかと言えば
これは全然まったく、そうとは限りません。


このままだと、幸せになれないですよ!

今の彼だと、幸せになれないですよ!

結婚すると、幸せになれないですよ!



すべて同じです。

では、その幸せとは一体どう言う事なのか?
一見幸せな状態、客観的に幸せな状況、と、
ご本人が内面的に感じる幸せは違います。



理論的(?)にはどんな占いでも、
イキナリご本人が絶対的に幸せになれる、なれない、
などと言う、心情にまで踏み込んだ上での
結論じみたものは、わからないと思います。


まあ、こうなるのなら、その結果はこうでしょう?
それだったら、こうでしょう?の流れの上のような感じではわかります。
まさしく占い結果と言う意味での、結果です。

その占いで見た客観論を、そのまま心境的な結果に直結させたり、
占い結果の、過程や説明をかっ飛ばして、
イキナリ思想信条にまで、踏み込んでの
占い師さんの主観的結論を、そのまま結論として
結果丸投げになっちゃうと、
一気にわからなく、なっちゃうのだと思います。

「ダメ!それじゃあなた、幸せになれません。」
「えーっ…なんでよ!?納得できない!?」



占いとはご自分の幸せを実現するために、手段として活用するべき物と思います。
これが逆になって、占い自体に私の、幸せを教えてくれとか
決めてくれ、とかになっちゃったら本末転倒です。

これが幸せだとか、こうじゃないと幸せでないとか、
幸せそのものを、自分以外の何かに、委ねたり、決めてもらってはまずいでしょう。
それはどっちかって言うと、世間で言うところの
マインドコントロールとか、洗脳に近いです。

占いであろうが、占い師さんであろうが、彼氏であろうが、
親であろうが、先生であろうが、友達であろうが、教祖であろうが、
これは同じ事だと思います。

もしもそこまで、ご自分の幸せが見えないようなら
占いよりも、むしろカウンセリングの類に
行かれた方が、向いている時と思います。


占いであれ他の手段であれ、意見を聞く、
情報を集めるのは、大いに有意義と思いますが、
最終的なご自分の幸せだけは、
ご自分の自由意志で判断されて下さい。

色々な人の助言も、物も、人脈も、時間も、お金も、占いも…
そののち、その幸せを実現させるために、
すべて手段として、用いる物だと思いますよん。






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